俺たちも開京へ帰ろう

kukufu

2015年12月29日 11:54

ウンスの髪を握りしめたまま、なにかを捜すように遠くをみつめて・・・。

  宿の主人がウンスの名を口に出した瞬間にチェヨンの目に輝きが戻った。

  「いま、そなた、なんと申した。医仙の言伝と・・・。」

  「はい。ウンス様の言伝にございます。」

  「主人、代々伝わるとは、どういうことか?跡取りだけに授けるものか。」

  「家業を継ぐ者とこれを伝承される者は、別にございます。家業は、血など繋がらずとも
  つげますが、これは血縁のみに語り継ぐものにございます。
  私は、五歳の頃より父から直に毎日毎日同じ話を聞かされて参りました。よほどの阿呆で
  ないかぎり、間違いも忘れもいたしませぬ。」

  「訳も聞かずに従っておったと、おかしいとは思わなかったのか?」
 
  「物心つく前にでございますよ。それに、誰にも口外ならぬものをどうして・・・。」

  「では、いつから、いや、主人で何代めにあたるのだ。」

  「四代にございます。ざっと、100年でございましょうか。」

  「主人、名はなんとおっしゃる。」

  「ただの宿の主ごときに、名を申し上げろと・・・。ごかんめん願います。」

  「主人よ、俺は、存外に情けない男でな、あの方がおられぬと生きていけぬ。
  主人の知っておられる医仙のことを少しでもよい。話してはくれぬか。」

  主人は、なにやら考え・・・ため息を一つ吐き、話し始めた。

  「わたくしの祖父は、長生きいたしまして、一度だけ・・父と私と祖父の三人で居りました
  時に、ウンス様のお話が出てまいりました。ウンス様は、曾祖父の師匠であり命の恩人
  であった、とそれだけにございます。」

  「曾祖父の・・・そうか。」

  「お発ちでございますね。それから・・これを、決して噛まずに呑んでくださまし。
  滋養の丸薬にございます。戦のおりには、兵にも呑ませよと、一日一粒で・・・。」

  主人の言葉を遮るように、チェヨンがいった。

  「医仙だな・・・主人よ世話になった。」

  チェヨンは、部屋を出て行く宿の主人を見送った。

  イムジャ。イムジャは、100年前におられるのですね。いつも俺を心配して・・・
  イムジャ、俺は、大丈夫です。

  「テマン・・テマナ。」

  「はい。テジャン。」

  「どうだ?」

  「あの弓使い・・・す・すごいです。あいつ・手刀の小さいの投げます。百発百中です。
  も・黙家の奴らを一人で何人も・・・ここらにいたやつら・・もう、いません。」

  「そうか・・・。天門は、任せてもいいようだ。師叔は?」

  「か・帰りました。」

  「テマン。」

  「はい。テジャン。」

  「医仙。医仙は、生きておられる。遠くにおられるが、帰ってこられるそうだ。」

  チェヨンは、そう言ってテマンの頭をクシャクシャに撫でた。